理事としてのほぼほぼ初仕事
- tyoshi456
- 2025年11月16日
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令和6年6月から、一般社団法人多文化人材活躍支援サポートセンター(震災復興支援のため、佐賀県にあった活動拠点を昨年、石川県輪島市に移転。以下「たぶさぽ」と言います。)の理事に就任させていただいています。
行政書士として、また在留資格等の出入国管理法に基づく各種申請手続きを行うことができる申請取次業務行政書士として名古屋入国管理局の証明をいただいていること、能登半島地震における輪島市内での被災状況調査活動支援をさせていただいた縁からです。
たぶさぽの理事として就任以来、山路代表理事に応援メッセージを送ること以外は、昨年11月に1度、若者生きづらさ寄りそいネットワーク協議会のフードバンク活動として被災者に食料品を届けたこと以外は実績が無かったのですが、11月3日、ネットワーク協議会としての2回目となる支援物資の提供を行ってきました。
たぶさぽの山路代表理事は、能登半島地震発災直後、JVOAD(特定非営利法人全国災害ボランティア支援団体ネットワーク)の一員として「たぶさぽ」の本拠地であった佐賀県から輪島市に入られて支援活動を始めらました。
当初は1週間位と考えられていたようですが、在宅避難者の調査・見守り活小津で12,000件を超すアセスメント(世帯把握)に携わるうちに、震災からの復興に向けての輪島愛が高まり、そのまま輪島に移住し、活動を続ける決意を固められました。
山路代表理事は大学卒業後、7年間の佐賀県の新聞記者を経てJAICA海外協力隊員として2年間フィリピンで有機農業普及活動に従事された経験から外国人支援を行う「たぶさぽ」を立ち上げられたのです。
そのたぶさぽの拠点をご自身の輪島移住に伴い、輪島に移転され、輪島に居住する被災外国人の支援と、外国人の人材受け入れを輪島で行い、輪島の復興と外国人自身の技能修得という両面でのサポートを考えておられます。
今回、食料品等の支援物資を届けさせていただきましたが、合わせて「たぶさぽ」の出入国管理及び難民認定法に基づく「登録支援機関」としての名古屋出入国在留管理局への登録申請を私の理事としての本当の初仕事になります。
なお、食料品等は、仮設住宅に住むベトナムの女性(元看護士で、ベトナムにご主人とお子さんを置いて来日され、発災直後の避難所ではただ一人の外国人という環境の中で、誠心誠意被災者に寄り添う活動をされていました。)と、インドネシアの女性(元インドネシアの銀行員。職場はもとより輪島市内にもインドネシアの方はおらず、ベトナムの女性とはお互い日本語で会話されていました。)と、このお二人の他にも多くの外国人を雇用されている海産物会社の支店長にお渡ししました。
食料品等をお渡しした後、山路代表理事が「たぶさぽ」が推進しようと考えている外国人サポートの概要を説明され、それを二人の女性と支店長が熱心に聴かれる姿が印象的でした。
今後、食料品等を届けるとともに、「たぶさぽ」の活動を推進するため、定期的に輪島に通いたいと思います。






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